夏ですね
各地で猛暑日が相次ぎ悲惨な気持ちを抱えている方も少なくないかと思います。
健康的な肉体を持つ人である場合、体温を越える環境に身をさらされた時、(例えば37〜40℃程)大量の発汗による 気化熱 で深部体温を下げ対応するのだが、その限界を越えると健康害を及ぼすらしい。
そして肉体的にだけではなく、精神的にも非常にネガティブな方に負担がかかるらしいのだが、
僕は今までに、どちらの負担も記憶にはない。
そう、恐らく、根っからの“夏好き”なのである。
そんな心地の良いある夏の昼下がり、ぼんやりと夏の風物詩の1つでもある “高校野球” の中継をトランジスタラジオから流し寛いでいた。
高校球児達の青春も、一瞬の輝きを放つために最盛期の只中にある。
彼らもまた、暑さで苦しいはずなのだがネガティブなストレスをポジティブなストレスへとうまく変換し、最も“青春”らしい迸るエネルギーを獲得しながら一瞬の夏の中懸命に、そして丁寧に肉体を燃やしている。
スイカをシャリ、シャリ、とやりながら左手を頭部の横側に置き、寝そべりながらTシャツをだらしなくめくりあげ腹部を露出させる。スイカを食べ終わり所在のなくなった右腕は、仕方なくだらしなく伸びきった両足の重なる上側の部分、つまり右足の太もも脇あたりにゆったりと置く。
僕の大好きな姿勢。どこか御釈迦様の涅槃(ニルヴァーナ)の姿勢にも似たこの型。
夏にだけ特別に許されたこの究極のだらしのない型。
命名 “夏型” である (勝手に)
“ソレ”を作り上げ寛いでいると実況の声に耳を奪われた。
“あぁーーっと!センターとライト激突ー!!打球はそのまま転がりグラウンド後方へ!その間に3塁ランナー、二塁ランナーホームイン!!そしてバッターも走る!走る!走るぅぅー!!!バックアップしたレフトからの送球にセカンド中継!そしてバックホーム!!!間に合わない!!ランニングホーームラーーーーーン!!!!!記録はライトのエラーぁあ!!!”
“夏型”を決め込んだ僕は、“ある夏の日”の事を思い出していた。
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コウタ君!一緒に少年野球をやらない?
オレ、ひとりだとこわくってさ。
キラキラとした笑顔を向けながらM君が僕に声をかけてくれたあの日。
あの日から彼は、運動音痴も相まり出不精であった僕を湿気が纏わりつく4畳の畳部屋から引っ張りだしてくれたのだ。
M君はとても優しい男の子で、運動の出来ない僕を小さな集団達(少年時代の人間と言うものは時として酷く残酷である)がいつも嘲笑する中、唯一笑わずに励ましてくれていた大切な友人であった。
彼は言った
“コウタ君!オレさ、野球が上手になりたいんだ!なんか松井が格好よくってさー(松井秀樹選手。当時の大ヒーローである)
でも、一歩踏み出せなくって。一緒に少年野球団に入ってくれて本当に嬉しいよ!”
そして体験入部の日、僕はM君と一緒に小学校のグラウンドへと向かった。
そこに辿り着いた時に僕は、同学年、上級生、そして下級生の子達がキビキビと上手にプレイしている様子に萎縮してしまっていた。
間もなくして監督が登場。
そして、みんな集合ー! と声をかけ皆を僕ら2人の前に集結させる
“今日からとりあえず体験で入ることになった コウタ君とM君だ!経験者ではないのでみんな優しく楽しく教えてあげることなー!”
と、チーム内の皆に紹介した。
その後、萎縮していたのは一瞬。
1日、一週間、1ヶ月 と あっ と言う間に僕らはチームに打ち解けていった。
幼い子供達が共通目的を持てば親しくなるのは本当に一瞬の事である。
そしてやはり、もともと運動神経の良いM君はメキメキと頭角を表しアッと言う間にレギュラーメンバーに選出され、相変わらず運動音痴な僕はベンチでレギュラーメンバーを応援していた。
あまりにも下手クソすぎた僕は、いつしか頼まれてもいないスコアブックを書く事に夢中になっていった (スコアブックとは試合の経過や全プレーヤーの打撃・投球・守備成績を、専用のノートに特殊な記号を用いて記録する冊子のことであり本来は、マネージャーや非プレイヤー等が書く事が一般的であった)
だが、そんな結果は構うものか。
そもそも僕は運動音痴である。みんなに受け入れられ、このチームの一員として声をあげ、共通の目的の為に汗を流している。
それだけで良いじゃないか。
その頃の僕の気持ちは、完璧に健全で、そして完璧に真摯的であった事に疑いの余地はなかったのだ。
そしてやがて、“あの日” がやってきた。
その日、少年野球会にとっての甲子園予選にあたる“ジャンボ大会”と呼ばれる重要な大会の地区予選試合が行われた。
チームのレギュラーメンバーは青春の汗をグラウンドに落とし、いつもの様に僕は、ベンチ内でスコアブックに汗を落とした
5対3
我々少年野球団が優勢のまま最終回の裏ツーアウト。あと一人。ここを抑えれば我々の勝利。そんな状況を迎えたその時、あるアクシテンドが起こった。
ライトのレギュラーメンバーであるN君が体調不良を訴えベンチに退散。
その変わりの選手としてまさかまさかの
“コウタ、いけるな?”
優しくも厳しく、そしてワンアウトのみだから大丈夫であろうと言うあまりにも多くの成分を含んだ表情を浮かべた監督が僕に言った。
僕は正直イヤでイヤで仕様がなかった。
だって僕は、誰よりもヘタクソだったんだ
だって僕は、内向的で何も出来ない、何かをすれば必ず失敗し、嘲笑や卑下の格好の的になる為にいるような人間だったのだから
YesでもないNoでもない、ヒキツッタ表情で立ち尽くしている僕に再度監督が言った
“大丈夫だ、行ってきなさい”
そして、審判に
“ライト Nに変わって “髙橋” で”
そう告げた
もう逃げられない。 だがワンアウトだけだ。
しかもポジションは外野、飛んでくる確率もそこまで高くはないであろう。
固くなった肉体と心をどうにか弛緩させポジションにつく。
するとセンターポジションから
“大丈夫、大丈夫!必ずオレがカバーするしミスしても平気だよ!リラックスして思いきってやろう!俺たちはみんな仲間なんだから、楽しくいこう!!”
そんな声を張り上げてくれる友人が。
そう 今やチームの中心メンバーへと昇華したあの男。僕をあの湿気った4畳の部屋から連れ出し、この世界へと誘ってくれたソウルガイド、M君だ。
うん、ありがとう!
そう言ってポジションにつく。
さぁこぉーーい!!
そんな声を皆で張り上げ一球一球に集中する。
5球目だった
カキーーーーン!!!
ん!! 弾丸ライナーとなった軟式球が僕のいるライトポジションへと飛んでくる!!
ま、まずい!! だが大丈夫!いつも通り、いつも通りだ!!!
打球は僕のいるポジション、ライトの手前ギリギリに落下しそうな軌道であった為僕は迷った。
全力疾走すればもしかしたらライトフライとして処理出来る!ゲームセットだ!
だが際どい、ここは安全牌でライト前ヒットにさせワンバウンドで補給するか。
さぁどうする?どうするんだ、おれ!!!
そこで僕は、わずか約10数年分ではあるがそこまでの走馬灯の様なモノを見た。
その短い走馬灯の中の僕には、只の1つも人に褒められる様な、羨まれる様な、とにもかくにも前向きな思い出がなかった。
そこで僕の思考は現実に戻り、体は無意識に反応していた。
“逃げちゃだめだ。捕るんだ。ノーバウンドで、そして獲得しようじゃないか。僕にとって自信となる、前向きな思い出を!”
ウォオオオオオ!!!
打球の落下地点へと全力疾走で向かう!!
あと少し
あと2歩、
あと1歩、
さぁ、飛び込め、飛び込めば間に合う!!!
ウォオオオオオぉおおおお!!!!!
ズザザァァーーー!!!
ガムシャラに滑り込んだ僕のグローブには水気のない土だけが少し入り込み、打球は僕のグローブ手前数センチメートル先に落下しバウンドしながら僕の身体を飛び越え遥か後方へと転がっていった。
カバーしてくれたM君が勢いよく転がるボールに追いついた頃には打者はすでにホームインしていた。
走者一掃のランニングホームラン。
5対6 ゲームセット。
その時の僕の姿勢はなぜだかはわからないが、
左手に嵌め込んだグローブは僕の頭部左側へ、勢いよく滑り込んだ拍子に腹部に入れ込んでいたシャツははだけ腹部が露出、所在なく置き場を探していた右手はわけもなくそのままのびきった右足に添えられる。と言った、まるで 涅槃像(ニルヴァーナ)の様なポージングでサヨナラエラーを炸裂させてしまったのだ。
そう。そのポーズは御釈迦様の悟りの型、涅槃像(ニルヴァーナ) あの夏の究極の型。“夏型”に等しかったのだ。
僕の夏は薄い悟りの中、涅槃像となり去っていった
そしてその後
“気にしなくていいんだよ”
と言っていた全てのチームメイト達が(もちろんM君も)僕一人を除きJoyfullで食事会(軽い打ち上げ)を開催していた事が判明し、その試合の後から僕は少しの間、陰でこそこそと“ニルヴァーナ”(前途でも記述したがニルヴァーナとは御釈迦様の涅槃像を指す言葉) と言うアダ名をつけられる事になった。
あの頃からかな。僕がひとりでの行動を激しく愛するようになったのは。。。
※その後、僕が伝説の3ピースバンド、NIRVANA (ニルヴァーナ) を知りギターを手にするのはもう少し先の話だ
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トランジスタラジオから流れてきたこのライトの子を思い、強く共鳴し、勝手なフラストレートを心に燃やし僕は立ち上がる。
そうだ。夏が来たのだ。
さて、Joyfullに行こうか
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皆様、さあ、夏の始まりです。
楽しく、激しく。夏の暑さに負けず、心を燃やしていきましょう。
では、さよーなら