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※当店はFacebookページ.その他全てのSNSを一切使用しておりません。公式なものはこちらのホームページのみですのでどうぞ誤解のないようお願い致します。

営業日について♦


定休日 月、火


8月8日(土)所用の為、お休みとさせていただきます。 8月30日《日》貸切りの為14時~の営業となります。宜しくお願い致します。

2026年7月29日水曜日

夜のダムでオニギリを食べていたらクラクションを鳴らされたんだ


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7月

夏ですね 

各地で猛暑日が相次ぎ悲惨な気持ちを抱えている方も少なくないかと思います。
健康的な肉体を持つ人である場合、体温を越える環境に身をさらされた時、(例えば37〜40℃程)大量の発汗による 気化熱 で深部体温を下げ対応するのだが、その限界を越えると健康害を及ぼすらしい。 
そして肉体的にだけではなく、精神的にも非常にネガティブな方に負担がかかるらしいのだが、

僕は今までに、どちらの負担も記憶にはない。
そう、恐らく、根っからの“夏好き”なのである。

そんな心地の良いある夏の昼下がり、ぼんやりと夏の風物詩の1つでもある “高校野球” の中継をトランジスタラジオから流し寛いでいた。

高校球児達の青春も、一瞬の輝きを放つために最盛期の只中にある。
彼らもまた、暑さで苦しいはずなのだがネガティブなストレスをポジティブなストレスへとうまく変換し、最も“青春”らしい迸るエネルギーを獲得しながら一瞬の夏の中懸命に、そして丁寧に肉体を燃やしている。

スイカをシャリ、シャリ、とやりながら左手を頭部の横側に置き、寝そべりながらTシャツをだらしなくめくりあげ腹部を露出させる。スイカを食べ終わり所在のなくなった右腕は、仕方なくだらしなく伸びきった両足の重なる上側の部分、つまり右足の太もも脇あたりにゆったりと置く。
僕の大好きな姿勢。どこか御釈迦様の涅槃(ニルヴァーナ)の姿勢にも似たこの型。 
夏にだけ特別に許されたこの究極のだらしのない型。 

命名 “夏型” である (勝手に)

“ソレ”を作り上げ寛いでいると実況の声に耳を奪われた。

“あぁーーっと!センターとライト激突ー!!打球はそのまま転がりグラウンド後方へ!その間に3塁ランナー、二塁ランナーホームイン!!そしてバッターも走る!走る!走るぅぅー!!!バックアップしたレフトからの送球にセカンド中継!そしてバックホーム!!!間に合わない!!ランニングホーームラーーーーーン!!!!!記録はライトのエラーぁあ!!!”



“夏型”を決め込んだ僕は、“ある夏の日”の事を思い出していた。

………………………………………………………

コウタ君!一緒に少年野球をやらない?
オレ、ひとりだとこわくってさ。

キラキラとした笑顔を向けながらM君が僕に声をかけてくれたあの日。 
あの日から彼は、運動音痴も相まり出不精であった僕を湿気が纏わりつく4畳の畳部屋から引っ張りだしてくれたのだ。

M君はとても優しい男の子で、運動の出来ない僕を小さな集団達(少年時代の人間と言うものは時として酷く残酷である)がいつも嘲笑する中、唯一笑わずに励ましてくれていた大切な友人であった。

彼は言った

“コウタ君!オレさ、野球が上手になりたいんだ!なんか松井が格好よくってさー(松井秀樹選手。当時の大ヒーローである)
でも、一歩踏み出せなくって。一緒に少年野球団に入ってくれて本当に嬉しいよ!”

そして体験入部の日、僕はM君と一緒に小学校のグラウンドへと向かった。

そこに辿り着いた時に僕は、同学年、上級生、そして下級生の子達がキビキビと上手にプレイしている様子に萎縮してしまっていた。

間もなくして監督が登場。
そして、みんな集合ー! と声をかけ皆を僕ら2人の前に集結させる 

“今日からとりあえず体験で入ることになった コウタ君とM君だ!経験者ではないのでみんな優しく楽しく教えてあげることなー!”

と、チーム内の皆に紹介した。

その後、萎縮していたのは一瞬。
1日、一週間、1ヶ月 と あっ と言う間に僕らはチームに打ち解けていった。
幼い子供達が共通目的を持てば親しくなるのは本当に一瞬の事である。

そしてやはり、もともと運動神経の良いM君はメキメキと頭角を表しアッと言う間にレギュラーメンバーに選出され、相変わらず運動音痴な僕はベンチでレギュラーメンバーを応援していた。
あまりにも下手クソすぎた僕は、いつしか頼まれてもいないスコアブックを書く事に夢中になっていった (スコアブックとは試合の経過や全プレーヤーの打撃・投球・守備成績を、専用のノートに特殊な記号を用いて記録する冊子のことであり本来は、マネージャーや非プレイヤー等が書く事が一般的であった)



だが、そんな結果は構うものか。
そもそも僕は運動音痴である。みんなに受け入れられ、このチームの一員として声をあげ、共通の目的の為に汗を流している。
それだけで良いじゃないか。
その頃の僕の気持ちは、完璧に健全で、そして完璧に真摯的であった事に疑いの余地はなかったのだ。

そしてやがて、“あの日” がやってきた。
その日、少年野球会にとっての甲子園予選にあたる“ジャンボ大会”と呼ばれる重要な大会の地区予選試合が行われた。 

チームのレギュラーメンバーは青春の汗をグラウンドに落とし、いつもの様に僕は、ベンチ内でスコアブックに汗を落とした

5対3

我々少年野球団が優勢のまま最終回の裏ツーアウト。あと一人。ここを抑えれば我々の勝利。そんな状況を迎えたその時、あるアクシテンドが起こった。

ライトのレギュラーメンバーであるN君が体調不良を訴えベンチに退散。
その変わりの選手としてまさかまさかの 

“コウタ、いけるな?”

優しくも厳しく、そしてワンアウトのみだから大丈夫であろうと言うあまりにも多くの成分を含んだ表情を浮かべた監督が僕に言った。

僕は正直イヤでイヤで仕様がなかった。
だって僕は、誰よりもヘタクソだったんだ
だって僕は、内向的で何も出来ない、何かをすれば必ず失敗し、嘲笑や卑下の格好の的になる為にいるような人間だったのだから

YesでもないNoでもない、ヒキツッタ表情で立ち尽くしている僕に再度監督が言った

“大丈夫だ、行ってきなさい”

そして、審判に

“ライト Nに変わって “髙橋” で”
そう告げた

もう逃げられない。 だがワンアウトだけだ。
しかもポジションは外野、飛んでくる確率もそこまで高くはないであろう。
固くなった肉体と心をどうにか弛緩させポジションにつく。

するとセンターポジションから

“大丈夫、大丈夫!必ずオレがカバーするしミスしても平気だよ!リラックスして思いきってやろう!俺たちはみんな仲間なんだから、楽しくいこう!!”

そんな声を張り上げてくれる友人が。
そう 今やチームの中心メンバーへと昇華したあの男。僕をあの湿気った4畳の部屋から連れ出し、この世界へと誘ってくれたソウルガイド、M君だ。

うん、ありがとう!

そう言ってポジションにつく。

さぁこぉーーい!!

そんな声を皆で張り上げ一球一球に集中する。

5球目だった

カキーーーーン!!!

ん!! 弾丸ライナーとなった軟式球が僕のいるライトポジションへと飛んでくる!!
ま、まずい!! だが大丈夫!いつも通り、いつも通りだ!!!

打球は僕のいるポジション、ライトの手前ギリギリに落下しそうな軌道であった為僕は迷った。
全力疾走すればもしかしたらライトフライとして処理出来る!ゲームセットだ!
だが際どい、ここは安全牌でライト前ヒットにさせワンバウンドで補給するか。

さぁどうする?どうするんだ、おれ!!!
そこで僕は、わずか約10数年分ではあるがそこまでの走馬灯の様なモノを見た。

その短い走馬灯の中の僕には、只の1つも人に褒められる様な、羨まれる様な、とにもかくにも前向きな思い出がなかった。

そこで僕の思考は現実に戻り、体は無意識に反応していた。

“逃げちゃだめだ。捕るんだ。ノーバウンドで、そして獲得しようじゃないか。僕にとって自信となる、前向きな思い出を!”

ウォオオオオオ!!!
打球の落下地点へと全力疾走で向かう!!
あと少し

あと2歩、

あと1歩、

さぁ、飛び込め、飛び込めば間に合う!!!

ウォオオオオオぉおおおお!!!!!

ズザザァァーーー!!!

ガムシャラに滑り込んだ僕のグローブには水気のない土だけが少し入り込み、打球は僕のグローブ手前数センチメートル先に落下しバウンドしながら僕の身体を飛び越え遥か後方へと転がっていった。



カバーしてくれたM君が勢いよく転がるボールに追いついた頃には打者はすでにホームインしていた。

走者一掃のランニングホームラン。

5対6 ゲームセット。

その時の僕の姿勢はなぜだかはわからないが、
左手に嵌め込んだグローブは僕の頭部左側へ、勢いよく滑り込んだ拍子に腹部に入れ込んでいたシャツははだけ腹部が露出、所在なく置き場を探していた右手はわけもなくそのままのびきった右足に添えられる。と言った、まるで 涅槃像(ニルヴァーナ)の様なポージングでサヨナラエラーを炸裂させてしまったのだ。

そう。そのポーズは御釈迦様の悟りの型、涅槃像(ニルヴァーナ) あの夏の究極の型。“夏型”に等しかったのだ。



僕の夏は薄い悟りの中、涅槃像となり去っていった



そしてその後

“気にしなくていいんだよ”

と言っていた全てのチームメイト達が(もちろんM君も)僕一人を除きJoyfullで食事会(軽い打ち上げ)を開催していた事が判明し、その試合の後から僕は少しの間、陰でこそこそと“ニルヴァーナ”(前途でも記述したがニルヴァーナとは御釈迦様の涅槃像を指す言葉) と言うアダ名をつけられる事になった。



あの頃からかな。僕がひとりでの行動を激しく愛するようになったのは。。。



※その後、僕が伝説の3ピースバンド、NIRVANA (ニルヴァーナ) を知りギターを手にするのはもう少し先の話だ


…………………………………………………………………

トランジスタラジオから流れてきたこのライトの子を思い、強く共鳴し、勝手なフラストレートを心に燃やし僕は立ち上がる。



そうだ。夏が来たのだ。

さて、Joyfullに行こうか

………………………………………………………………








皆様、さあ、夏の始まりです。
楽しく、激しく。夏の暑さに負けず、心を燃やしていきましょう。



では、さよーなら

2026年6月29日月曜日

Any.,. And , where



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6月

半分。 
今年もまた、半年が過ぎたのですか?
時は無自覚のまま無情にも異常なまでに加速し、年々、いや、日々日々、加速度は増していきます。

なんとなく夏までには、と、家の片隅においやっていた私の不要な“モノ”達を片付けようとイソイソと掃除をしていた時。

ふとぼんやり、そんな事を考えていました。

幼い頃、時間の流れと言うものは現在と比べると異常な程遅かったと記憶している。

だが、当時の自身の肉体は強く、時の先へと急ぎたい。走り出したい。と、悲鳴にも近い畝りの中で日々もがいていたような..
が、その思いとはうまく折り合いをつけることは出来ず、実際には肉体の悲鳴とは相反する形で超低速の鈍行列車に乗りこみ

“子供経由 大人行き” 

この片道切符での “大人” までへの道程は、もはや蜃気楼に近いほど現実味の無い場所の様に感じていた。

が、時は流れて今 
おぉ?なんてことだろうか?
なんと現在私は “39歳” になっているではないか!!


ハテ、どう言うことだろうか?
あんなにも 長い長い、遅い遅い。そう感じていたあの鈍行列車は、いつの間にか“快速の999列車”へと変貌を遂げ、私をここまで連れてきてしまったのだ。

いつか強く渇望した“大人になる”この称号をあまりにもあっけなく手に入れた私は今、かつて渇望していた“大人像”を手に入れられたのだろうか?

.................................................................

掃除の最中、

“超ミュージシャン オレ”

と、謎の文言が表紙に書かれたルーズリーフを発見する。

そのルーズリーフは、私が “超ミュージシャン” と呼ばれる存在になる為の計画書的なモノのようだ。

はて、超ミュージシャンとは一体? そのあまりにも突飛で抽象的な表現に戸惑いながらもページを捲る。

最初のページにはこんな事が書かれていた。

……………………………………

超ミュージシャンになる為に

27歳で死ぬ! カートコバーンもそうだから!!

……………………………………

そのあまりにもストレートな表現に戸惑いつつも次のページを捲るが白紙。

その後数十ページにわたり白紙が続き、最終ページ近くになり漸くなにやら書かれているページを発見

……………………………………

超ミュージシャンになる為に

27歳で死ぬ! ジミヘンもそうだから!!

……………………………………

次のページを捲る
白紙

その後 最終ページまで白紙。。。
そして最終ページになにやら書かれている

…………………

GOOD LUCK!!オレ!!




終了……

……………………………………



ぅわぁ……。えぇぇ……。  バカすぎるぅぅぅうゥゥゥ………。



……………………………………



さて、私が思い描いていた大人像には間違いなく程遠い存在となり、今現在に至っている事は確認できた。


そして、心の底からあの計画書の計画が破綻していた事に強く強く感謝し、
私は力強くこの先も生きていこう。
そう誓った今日この頃である。



皆様、時流に巻き込まれ戸惑うこともあるでしょう。
その中で、どう自分らしくいられるか。それを探し健やかに生きていきましょう。



では、さよーなら。


ROUTE99

2026年5月26日火曜日

As for someday.,


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5月。
GWと呼ばれる霞の様な道楽の日々が終わり、<現実>の日々が目の前に再来されている皆様、いかがお過ごしでしょうか。

私にはGW、その様なものはございません。
が、店休日のある日、どうしても行ってみたかった。そんなとある場所へと出掛けてきました。

私、幼い頃からなぜだか荒廃している“モノ”や“場所”に強い引力を感じ生きてきたのですが今回もその引力にまかせ、ある“荒廃地”にお邪魔してきた次第でございます。

さて、仙台から車で片道約3時間をかけ、その場所近辺へと辿り着いた私。
だがその場所、なかなかの酷路をクリアしていかなければその全貌をおがめないと言ったハードなスポット。
思い立ったがままに来てしまった私の服装は 
“シャツにハーフパンツにツッカケサンダル” とてもじゃないがなかなかの山道と険しい川渡りには不適切である。 ちなみにその場所 

“川渡り必須である”

だがここまで来てしまった以上引き返すわけには行かない。

道なき道を藪から棒にズンズンと進む。
途中、ベアクロー等の自然の猛威を見かけながら強行的に抜け出た険しい山道の先に、遂に川を発見。
その先には美しくも荒廃した建物が微かに見える。
この川を越えれば、遂にあそこへ辿り着ける。

だが、目の前には濁流に近い川が……


どうする、俺。


選択肢は1つ。


“行くしかないのだ”



キリッと引き締めた表情を作り、川の中へ第一歩目を踏み出す

ザブン…



うわわわぁぁぁああぃいぃeE!!!!!!!!

..............................................................    



その後私は、バッグに入れていたサングラス、財布、電気料金の支払い用紙<なぜ持っていたかは不明> お気に入りのサンダル片方を失いながらその場所へと辿り着いた。。。



失ったものは多すぎたが視覚的、感覚的に得るものがそれ以上だったから、私は満足げにその場所をあとにした。

..............................................................  

その後、上機嫌になった私は、そこから少し離れた場所にレトロな喫茶店があることを知りそこで一人きりの打ち上げを行おうとお邪魔することにした。

数十年の経年に耐え抜いた堅牢でいてアジのあるベージュカラーの外壁、内装にはもはや古の産物である“ゲームテーブル”。 

100点である。

店内には2組<2人>の常連様がカウンター席に着席し、マダムとなにやら親しげに会話を楽しんでいる。

店主と思しき優しいマダムが 
“あら、どこでも好きなところへ座って”
そんな声をかけてくれる。

なんとなくのところへ着席し、少し小腹の空いていた私は
“ラザニアとアイスコーヒー” の注文を済ませる。

“わたし1人でやってんのよ。少しだけ時間がかかるけれどいい?”

そう私に問うマダム

楽しい冒険の余韻の中にいる私は、上機嫌で 

“勿論ですよ。ゆっくりで構いません”

そう笑顔で答えた後、ゆっくりと店内にあった書物をお供にくつろぎ始めた

マダムは静かに、そして優しく微笑むと踵を返し再び常連客との会話に戻っていった。

……

しばらくするとマダムがこちらへ

“ここのところ天気がおかしいのよね。あなたもそう思わない? あら、お水が空ね、どうぞ”

抽象的な質問を私に投げかけ、ついでにお水のお代わりを注いでくれる。
冒険の後の私は、とても喉が乾いており、入店後のサービスのお水をすぐに飲み干してしまっていたから.

“そうですね 暑くなったり、寒くなったり、スコールが降ったり、なんだか不思議な感じがしますね”

そう答えるとマダムは満足気に微笑み、再度踵を返し常連客との会話に戻っていった。。。

1時間後…

私のテーブルにはお水以外、未だどのような食物、飲み物も到着していない。

むぅ? まぁ、わたし自身がゆっくりでいいですよと言ったしなぁ……。

と、思っているとマダムがこちらへ歩みを進める。

フフフ。ついにアイスコーヒーか?はたまたラザニアかな?

そんな事を思い浮かべ俯きながら書物に目を通すフリヲ継続、マダムが目の前に到着するのを待つ。

コツ、コツ、ピタ。

マダムの、到着だ。

“あんた、なんだか顔色が悪いわねぇ。大丈夫?働きすぎたりしていない?実は軽く冷房をつけているのだけど、寒すぎたかしら? あら、お水がないじゃない。待ってて。今お水を持ってくるから”

そう言って再びお水のお代わりを注いでくれるマダム。

注ぎながらマダムは



“みんなに言える事だけれど、働きすぎはだめよ?”



<いや違うじゃん…なに働きすぎはだめよ?って。飯だよ飯ぃぃ…おせぇぇええ……。水だってアイスコーヒー来ないから飲んじゃってるだけだってばぁ...もういいって水わぁ。。。>

そんな事を思考しながら乾いた返答をする私。

“あぁ、はい。ありがとうございます。”

またも踵を返し常連客との会話に戻っていったマダムは引き続きなんとも楽しそうに熊が出没したとか、近所の爺さんがキノコくれたとかそんな仕様もない話を続ける。



それから更に30分程した頃、マダムから信じられない言葉が私の耳へと通達された。

コツ、コツ、ピタ。

マダムだ

“ねぇあんた。ごめんなさい。これから山菜を取りに行こうと思うんだけど、あんたも行かない?車はそこの○○さんが出すからどう?”

と、ずーっとキノコの話をしていたおじ様を指差し私に妙な提案を持ちかける。。

なぜだかわからないがそのおじ様はこちらに向かって親指を立てGoodポージングをしていた。

私は意を決して尋ねた。

“あの、ラザニアとアイスコーヒーは?”



マダムは照れている様にも見え、それでいて余裕綽々こちらを嘲笑している様にも見えるなんとも総称仕様の無い表情を浮かべゆっくりとカウンターへと戻っていった。

その後15分後にマダムはやってきた。

コツ コツ ピタ。

そして空になった僕のグラスに水を注ぎ、

“あんた、働きすぎは絶対だめよ?”

そう言って踵を返し、またカウンターへと戻っていった。





なんなんだよここぉ……。。。


……その後僕は、ラザニアとアイスコーヒーを合わせた代金をテーブルに置き静かに店を後にした……。





店外に出ると、良く晴れた青空が永遠に広がり、5月にしては明らかに暑すぎる気候が私の身体に優しく纏い始めた。



腹減ったなぁ





…………………………………………………………





こうして僕のGWは幕を閉じた。
なんとなく、とても不思議で奇妙な場所へと誘われたある春の日。


春が見せた白昼夢だったのだろうか。
また来年、答え合わせをしようと…つまり、再訪してみようと思います。



ではでは皆様、引き続き楽しい春をお過ごしください。



グッドバイ。

2026年4月29日水曜日

I'm sure I'll remember it

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春。ですね。
心地の良い日々が続いております。
皆様いかがお過ごしでしょうか。

春と言えば出会い、そして別れ。
そんな刹那が連続する季節。

早いものでわたくしの長女も今年から高校生。
“アルバイトがしたい”
最近、そんなニュアンスの言動が目立ってきました。

そのむかし、当然私にもそんな時代がありました。
そう。なにを隠そう私も元“10代”なのです。
あの頃、アルバイトの面接を受ける度に書いていた “履歴書” あの書類の後半にある謎の項目 “自己PR” の欄を必ずこんな文言で埋めておりました。

“ヤル気だけは誰にも負けません”

そして私は、大半のアルバイト先を誰よりも早くドロップアウトしておりました。

つまり、

“ヤル気だけは誰にでも負けていたのである”

.....

よし、高橋くん。明日から来られるかな?

はい勿論!やる気だけは誰にも負けません!

失踪...

よし、高橋くん。いつから来れる?

はいいつからでも!やる気だけは誰にも!

はいまた失踪...

よし、高橋くん!今日、今からでも働いていくか?

はい勿論ンン!!なぜならやる気だけは.....

はいやっぱ失踪ぅ!...

あの頃、一体私はなにを根拠に
“ヤル気だけは誰にも負けません”
あんな事を謳っていたのだろう。

“ヤル気” 

この抽象的な単語をあんなにも易々と濫用していた人間を私以外に私は知らない。

新薬の治験モニターのアルバイトをした事があるのですが、その時に持参した履歴書にも同文言を記載して面接に挑んだこともあるし
(この場合、一体何に対するヤル気なのだろうか...)

予備校の講師のアルバイトにもなぜか履歴書を送りつけた記憶がある。
こればっかりはもはや行動原理全てが謎でありテロに近い行為であった。 
(なぜならば、わたくしはそもそも中卒であり“ヤル気”以前の問題であった。どちらかと言えば生徒側に立候補すべきだったのは周知の事実であっただろう)

と、そんなこんなであまりにも褒められた理由ではない理由ではあるが、“バカの一つ覚えヨロシク” 数だけは多くのアルバイトを経験する事になったのだ。
結果としてアルバイト先での出会い、そして別れ。その数についてだけは人一倍多くの経験値を獲得し、今に至るのである。

だが結論として、それにより私がなにを獲得したのか。答えは恐らく、ほぼ“皆無”である。
だがしかし、唯一獲得したモノがあるとするならば、やんわりとした、ふんわりとした儚げなわたあめの様な軽い記憶。それだけは頭の中をふわりふわりと不明瞭な思い出として泳ぎ続けているのである。

青春期によく耳にしていた、アルバイト先での確固たる友情や愛情、その他所謂 “絆” そんな言葉で括られている美しい代物は、私にとってはフィクションファンタジーに限りなく近く、とうとう巡り会う事は出来なかった。

しかし、そんなわたあめの様な危うい儚げな思い出達もそれはそれで悪くないのである。
それも引っ括め、“春” なのであると、、そんな事を思い出しながら今、今年も“春”を過ごしております。
皆様もたくさんの出会い、そして別れ、重く強固な思い出も、軽く儚い思い出も、なにもかも全て紡いでいきましょう。


それでは、楽しい春を。

さよーなら

2026年3月24日火曜日

A strange and interesting scene is spreading out nearby.

3月。
春です。

"お帰りになられた" で宜しいでしょうか?"

勿論、"冬"に対しての問いかけでございます。

毎年毎年、お行儀よく律儀にも必ずやってくる彼には本当に辟易しておりますが、どうにかこうにか今年も彼の行う理不尽なハラスメントに堪え忍ぶ事に成功したようです。

ここからです。
楽しい楽しい、暖かい気候がカムバックしてくれますね。

さて、日本では古来よりこんな言い伝えがあります。

"春になると変人が増える"
とても乱暴な言い伝えだな。とは思うのですが、"悲しいかな"なんとはなしに心当たりがあるのも事実ですね。

近所のコンビニエンスストア付近に踏み切りがあるのですが、その踏み切りの鉄の塊、所謂"レール"の部分を存分に使い反復横飛びを行う成人男性を見かける。

"うめぇぇんだよなぁぁああこれぇぇえぇ"
と産直市場でウットリとセロリに話しかけるアダルトチルドレンに遭遇。

サウナにて、隣に居合わせたご老人が急に、

おい、そこのぼっちゃん。
生きるのは難しい事だし、頑張り続けるのは辛いことだけどな。俺の"持論"で申し訳ないが年よりの戯言だと思って聞いてくれな。
俺は公務員として必死に働き続けて今になって気がついた事があるんだ。つまりな、

"人生は自転車のようなものなんだな。倒れないようにするには走り続けなきゃならねんだなぁぁあ"


えぇェ…いやそれアインシュタインの名言んんんンンン…。
(ついでに僕は間も無く40である。ぼっちゃんンンン?)



と、今月のみでここまでの "変な人達" に遭遇している。
春、聡明でうららかな気候、美しく色づき始める草花。その魅力は時に暴徒と化し、少しだけ人間を酔わせてしまうのかもしれません。

……………………………………………………

LAST EPISODE One...。 



Yahoo!オークションに出品し長らく動きのなかった僕のブーツが突然に売れた。
僕は嬉しかったのと、遂に去ってしまうのだな。と、そんな2つのデリケートな感情と共に、そのブーツを発送した。



そして...
その数日後の事



コツ、コツ、コツ。

おいこーた。ちょっとこんなん買っちまったわぁ。どうだ??悪くねぇよなぁ?

ある晴れた日、ニヤニヤと照れ隠しを半分含んだ顔で、親父が僕に近付いて来る。

足元には、

"僕が先日発送したブーツだ"…なんでだ





ようやく売却したと思ったブーツは、なぜか親父に託されていた。 
"父親から息子へと受け継がれていくモノ"
などのエピソードは美談としてよく耳にするのだが、
"息子から親父へのお下がり" そんな美談なぞは、
少なくとも僕は今までに聞いたことがない .....

………………………………………………………………

春、人を酔わし惑わす不思議な季節。
一番の変人はわりと身近にいるのかもしれません。




では、さよーなら。

2026年2月25日水曜日

Looking back makes me sad.

カツ、カツ、カツ。

お久しぶりです!

坊主頭に赤いカラーレンズの入った大きめのラウンドフレームのメガネ。
小柄ではあるがしっかりと盛り上がった両肩からは引き締まった腕が伸びる。
足は長いとは言えないが(むしろ超短い)ガッシリとした逞しい両足でしっかりと地面を掴み堂々と起立している。


2026年2月
久しぶりの再会だった。。。



帰ってきました!!!



僕がお店を初めたのは2012年頃で、当初は本当にお客様も少なく、"常連様" そんな喉から手のでる程掴みたかった存在は皆無。もはやそんな存在、都市伝説なのではないだろうか?そんなマインドで日々をやり過ごしていたあの頃。

そんな時、彼は突然現れ、そして突然に "常連様" そう呼ぶに相応しい初の存在になったのだ。


ボサボサに伸びきったヘアスタイルにぽっちゃりとしただらしのない身体。
オーバーサイズと呼ぶには優しすぎるぶっかぶっかのチェックシャツ。一切の色落ちの兆しがない濃紺のジーンズに"子どもちゃれんぢ"とプリントされた謎のスニーカー。

"コーヒーうまかったっすぅ。。
またきまっすぅぅ。"

独特のファッションに身を包み、独特の伸びのある特有の訛りを操りながら彼は毎日通うようになった。

当時僕は、なぜ彼が毎日ここに来るのか?
仕事は一体何をしているのか?仕事をしていないにせよ毎日ここに通うだけの所得はどうやって獲得しているのか? 当然、彼に対しそんな疑問を多少は抱いていた。

だが、そんな事を考えるよりもなによりも、毎日来てくれる"常連様"を見つけたのだ!"常連様"その存在は決して都市伝説なんかではなかったのだ!!
その嬉しさがどの感情よりも勝り、彼が一体何者なのか?
そんな事はどうだってよかったのだ。

"毎日来てくれるのであれば何者であってもいい"

そのくらいおざなりにとらえていたのかもしれない。



そんなある日、突然、彼は来なくなった。。。


パッタリと、
次の日も、次の週も、次の月も、次の年も……

こうして、今にして思えば彼は一体何者だったのだろうか。そんな疑問だけが残り約10年の月日が流れた。。



そして2026年2月、彼が目の前に現れたのである。
冒頭にも書いたが彼は坊主頭になっており肉体も筋骨隆々と言った様に見事な変貌を遂げている。

ファッションも"子どもちゃれんぢ"と書かれたあのスニーカーは既に足元から去り、あのホスト業界を席巻しもはや実業家に上り詰めた男、Rolandさんが好んで履きそうなめちゃくちゃに高い(恐らく9cmくらいある)ヒールのついた黒いブーツをオン。
そして、目元にはYOUR SONGで大ブレイクしたシンガーソングライター"エルトン・ジョン"が愛用していたモノにそっくりな赤いカラーレンズの入った大きめのラウンドフレームのメガネ。
相変わらずファッションの一貫性はなく、意味不明のバランスではあるがどう考えても10年前より"ミステリアス"にはなっている。

そして、一番驚いたのは彼の右手に持たれた"ソレ"であった。

彼が歩く度にカツ!カツ!カツ!と大きな音をたてるソレはなんと"杖"である。

しかも持ち手には"この世の全ての災いは私の仕業である"とでも言わんばかりに悪どい表情を浮かべたドクロがデカデカと取り付けてあり彼はそのドクロの頭頂部を掴む形でカツ!カツ!カツ!と杖を操っているのだ。

10年前も謎ではあった彼。

今現在、もっと謎である。



そして彼はコーヒーを飲み。





うまかったっすぅ。
またきまっすぅぅ。。。


昔と変わらぬ独特の訛りを操り去っていった。



一体彼は何者なのだろうか。。。



次回、彼にまた再会できた時には、必ず質問してみようと思う。



"仕事なにしてるの?てかどこから帰ってきたの?"



って。





さてさて、2月も後半に差し掛かりました。長い長い冬が終わり、もうすぐ春がやってきます。
残り僅か、コーヒーでも飲みながら、ゆるっと冬を乗り越えましょう。

では、さよーなら

2026年1月5日月曜日

dawn.

去年の暮れの事。
新年に向けて、断捨離を。

あれもこれもと、思い出の品々を全てリサイクルショップへ。
新年を迎えるにあたり、同じ思いの人々が非常に多かったようでリサイクルショップは大賑わい。よって、査定結果は1月2日へと持ち越し。

僕の思い出達よ。
お年玉目当てのテロリストチルドレン達に根こそぎとられた金銭を僕に返還したまえ。

……………………………………………………………………………

さてさて年も明け、2026年。
年始早々、思い出の査定額を受け取りにリサイクルショップへ

《大変お待たせ致しました、お客様がお持ちくださった商品の中でお値段つきました商品が2点となり、その他はお値段がつかなかったのでこちらで処分となりますが宜しかったでしょうか?》

え...ちなみに僕が持ち込んだ商品の点数は37点。
僕の思い出の品、35点は無価値だと言うのか..。
だが、ここでウダウダとごねるのは男として情けがない。

と、言うことで

年始らしくキリリとした表情で

"ええ。勿論です。年始早々査定していただきありがとうございます"

《ありがとうございます。それでは全てTotalした査定額がこちら、2円 となります。宜しければ下記にサインをし..........》

僕の思い出達は"円形の小さなアルミニウム2枚"に姿を変え、僕のもとへとご帰還なされた...。


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明けましておめでとうございます。
2026年。
1月7日《水》より営業開始とさせていただきます。

今年も何卒、ゆるーいコーヒーブレイクにお付き合いくださいませ。



Route 99 髙橋 幸大