はい もしもし。
こちらレンタルビデオショップ○○埼玉店 の ○○と 申しますが 高橋様の携帯電話でよろしかったでしょうか?
えぇ。そうですが
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あの日僕は、なんとなく荒んでしまっていた自分の心を沈静させる為になにをするべきなのか。そんな事をぼんやりと考えていた
仕事であまりにも疲弊していたわけでもない。
プライベートで大問題を抱えていたわけでもない。
...特段なにかがあったわけではない。だがなぜだろうか、なんとなく僕は "疲れていた" のだ。
そんなある日、お休みを利用し、遠い昔住んでいた街、東京へと出掛けた。
宿泊先は縁もゆかりもない、そして当時近県ではあったが、結局殆ど立ち寄らぬままだった"埼玉" に決めたのだった。
なぜこんなにもパッとしないのだろうか。
僕はあの日、逃げるようにして辿り着いた東京の街をただただ歩き続けた
歩くのはいい。思考をクリアにしてくれる。前向きにならないまでもどんよりと膜が張った僕の頭の内部を優しくクリーニングしてくれる。
昔からうすぼんやりとした憂鬱を慢性的に抱えている僕は、幼少期からこの"散歩"と言う行為で平静を保ってきた。
今回もまた、散歩に身も心も委ね平静を取り戻しつつあった。
散々と歩き少し疲労してきた頃、宿泊先に選んだ宿へとチェックインする。
その宿は "綺麗 豪華" とは程遠く、築年数も中々に経過し、少し狼狽した様相のホテルで、郊外に出るとどこにでもあるような草臥れた宿だった。
僕に用意された部屋には寝具以外特段なにもない、良く言えばシンプル、悪く言えば簡素でつまらない空間であった。
唯一テーブルの隅に色鮮やかなブルーカラーのDVDプレーヤーが所在なくぽつねんと置かれている。
"ソレ"は、なにもない部屋には妙に浮いて見えた。
目的もなにもない休日の逃避行。
なんの責任もなく毎日をお気楽に過ごしていた少年時代を彷彿とさせるこの時間に、妙な高揚感と安堵感を抱き始めていた僕は、更に童心へと帰化したくなり当時大好きだったアニメでも見てみよう。そう思い立った。
目の前の"砂漠の中でみた蜃気楼"の様な存在感を放ったプレーヤーを眺めていると、
"そうするべきだ" と
強迫にも似たような強い言葉が僕の頭の中で囁き始めていた。
近くにレンタルビデオショップがあるのかどうか検索してみると、宿から徒歩数分のところにレンタルビデオショップを見つけた。
そこはどうやら、今時分とても珍しく"個人"でやっているお店であった為、更に気分は高揚した
店名は一応伏せておくが仮名として
カオススカイ埼玉店(仮) としておこう
(今時DVD等をレンタルするとなれば皆様の頭には恐らくTSUTAYAかGEO。この2択くらいしか思い浮かばないのではないだろうか)
早速カオススカイ埼玉へと向かう。
辿り着いた店の外観はなかなかに年期のはいった外壁に囲われており、建物自体もなかなかのヴィンテージ感。個人的にはそこもかなりの好印象であった。早速店内に入ると、そこには想像通りと言えば相違ないがそれにしても異質な世界が広がっていた。
店内は異様に空白のスペースが多い
と、なると必然的にレンタルDVDの品数が、相応に少なくなる
遠くない未来、ここは閉店してしまうのだろうか。
俺はDVDが好きだ。
だからいつだってどんな映像だって、DVDを通してじゃなければ視界にいれてやらないのさ。わかったか?
わかったのならこの俺ですら知らない新たなDVDをよこせぇぇぇぇえ....
そんな猟奇的なDVDコレクターがいたとしたら、恐らくソイツの自宅よりもDVDの本数は少ないであろう。
そんな意味不明な架空のキャラクターまで作ってしまうほど品数が少なかった。
まあいいさ。
なんとなくの時間を過ごせればいいのだ。
非の打ち所がないほどのクオリティ作品を求めているわけじゃない。
なんならその逆だ。
おざなりに作られたざっくりと適当な代物くらいが丁度よいのだ。
その方がより童心に近いってものだろう?
大人になってしまった我々は
より楽しいものを
より美しいものを
より美味しいものを
より..........
と、求めるものが大きくなりすぎた結果、むしろ楽しむ事がヘタクソになってしまっている。
幼かった頃は、どんなものでも楽しく。どんなものでも美味しく。どんな風景をも美しく感じられたものだ。
よし。ならば適当に選んでしまおう。
と、手に取ったのが
"ドラえもん のび太のドラビアンナイト"
であった。
レンタルを済ませ意気揚々宿へと戻り、早々にDVDを見る。
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はは、ははははは
つまんねぇぇ!つまんねーよやっぱ。
だがそれでいいのだ。つまらない。この状況が面白いのだ。内容なんてどうだっていい。
事実、それを見ていたら心がなにやらぽかぽかと、穏やかになっていくではないか。
凍りついていた疾患が少しずつ溶解しはじめていた。
はははははははは。 やっぱつまんねーよ。
だが幸せだ。最高に楽しい。つまらないの中に最高の楽しさがあったのだ。幸せはある意味お金では買えない。一瞬の刹那、僕はそう確信したのである。
そんなふわふわとしたユートピアでの時間はあっと言う間に過ぎ去り、間も無く僕は仙台に戻った。
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1ヶ月後
僕の携帯電話に見知らぬ電話番号からの着信が入った。
はい もしもし
こちらレンタルビデオショップカオススカイ埼玉店 の ○○と 申しますが 高橋様の携帯電話でよろしかったでしょうか?
えぇ。そうですが
大変恐縮ですが当店でレンタルされている
"ドラえもんのび太のドラビアンナイト" が未だ返却されていないのですがお心当たりはございますでしょうか?
僕はしばらく沈黙し、オーギュスト・ロダンの代表作"考える人"と類似するポーズでしばらく思考を巡らした
数秒後...僕はゾッとした。
なぜか? 悲しいくらいに心当たりがあったからだ。
そして思い出したのだ。あの日の事を。なぜ今の今まで忘れていたのだろう。あのDVDを返却していなかった事を!!おおジーザス!!!
僕は返答した
"はい。心当たりがあります本当にごめんなさい忘れてました"
"かしこまりました。それでは延滞料金についてご説明させていただきますね"
ぐぅぅ...利き腕の拳を全力で握りしめ下唇を強く噛み締める。
秘密工作員として乗り込んだ先の国家に拘束され拷問に耐え続ける気高い男の様な表情だ。
やべぇ。いくらなんだ。
"ちなみに当店ではレンタル商品の延滞金については上限がありまして..."
ハ、ハレルヤ!!!
上限があるのか!て、事はだ。
"駐車料金のこの時間以降は一律この値段でストップです" あの夢の様なシステムがこのレンタルショップにも適用されると言うことだ。助かった。だが上限額はいくらだ。さぁ、先を教えておくれ。
"当店では延滞金の上限として最大¥26000とさせていただいおりました。なのでそちらの金額のお支払いとドラえもんのび太のドラビアンナイトの返却をお願いしておりましたが返却予定日はいつ頃になりますでしょうか?"
いやたっけぇええええぇええぃ!!!!
ジーザス!ジーザス!!ジーザス!!!!
僕は心の奥底で僕自身を蔑み侮蔑した。
¥26000と言うアホンダラな延滞金を産み出した所業に... そして¥26000の延滞金を産み出した象徴的作品が"どらえもん"だと言う事実に!!!
それと同時にひんやりとした冷や汗が首筋から背中にかけてゆっくりと伝っていった、
なぜか?
そもそも"どらえもんのび太のドラビアンナイト"がどこにあるのかもうわかんなかったからぁああ!!!
なくしたぁぁあああ!!!!!
そう、僕はあの日、DVDを見てからあのDVDの存在をキレイさっぱり忘れ去ってしまっていたのだ(本当になぜかわからないけど) て、事はだ。
当然あのDVDをどうしたのかももうわからないのだ。
僕は尋ねた。
"はい。すぐにお支払いは致します本当にごめんなさい。ただ、実はDVDが見当たらずどうしたものかと思っていたのですが..."
"あ、そうですか。大丈夫ですよ。そうしましたら、新品、もしくはそれに近い状態の商品を弁償していただければと思います。
延滞金のお支払いの際にでもこちらにお持ちいただければと思いますので宜しくお願い致します。"
だよね........
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結局僕は、
あの幸せな時間をしっかりとお金で購入していたのである。
"幸せはある意味お金では買えない。一瞬の刹那、僕はそう確信したのである"
誰かの安価な名言の様にそんな事を書き記していた僕は、なんて滑稽な男なのだろうか。。。
僕の一瞬のユートピアは、間も無くして姿を消したのだった
いや、つーか俺、まじでなにやってんの。。。
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皆様、春です。なんとなくボーッとしてしまう今日この頃。
暖かくとても美しい季節です。
皆様もユートピア、是非探してみてください。
それでは、さよなら